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『海の本屋のはなし―海文堂書店の記憶と記録』

99年の歴史をもち、2013年9月に閉店した神戸の海文堂書店の歴史をまとめた本。

著者の平野さんは、35年の経験年数をもつベテラン書店員である。コーベブックス、三宮ブックスを経て、2003年に海文堂書店に入社。人文担当のスタッフとして最後の10年間を閉店まで見届けた。

海文堂書店はもともとは海事書専門の本屋として1914年に開業する。
創業者は賀集喜一郎。その後、岡田一雄が事業を引き継ぐ。

その後、1973年に婿の島田誠が引き継ぐ。
当時島田誠は30歳で三菱重工の経理マンだった。安定した地位を捨てての決断で、奥さんは大反対したという。

島田社長の時代に、海文堂書店は大きくかわり、海文堂書店の原型ができあがる。
全国クラスの有名店に育て上げる。

社長室を改装してギャラリーをつくる。1988年には90平米に広げている。
ここで原画展や版画展を開催して、販売するようになる。

また児童書を拡充して本格的に扱うようになった。

島田は審美眼に優れ、多くの無名のアーティストの発掘をおこなう。
後に、島田は退職後、ギャラリー島田を開設し画廊経営をいまも続けている。

1981年に店舗を建て直している。一階、二階で250坪の広さになっている。
店内を13のゾーンに分け、各ゾーンごとに担当社員と机を置き、商品管理、データ分析、お客さまの案内ができるようにしている。一階には中央カウンターを置き、目録、情報誌を揃えて本の相談に応じる。

本書ではこの中央カウンターのエピソードが何度か登場する。

いま読んでも先進的な取り組みだし、このゾーンごとに担当者と机がある本屋は筆者は見たことがない。

いまの本屋は経費節減で店員さんが少なく、ベテラン店員さんがいない。本を相談することすらできない。本屋は超巨大化したが、行っても何を買ってよいかわからない。

島田社長時代の店長が小林良宣で業務時間以外につくったPR誌を多く発行している。
第2章では小林が発行したPR誌がまとまっているが、膨大な量と種類に驚く。専任の編集者なみの仕事量をしている。PR誌は人と人をつなぐ役割を果たしてきた。

PR誌は後の店長の福岡宏泰に引き継がれている。

第5章「仲間たち」はスタッフの紹介とインタビューである。
お客さんとのエピソードがたのしい。
第5章終盤の頃、まだまだ読み続けたい、終わらないでくれと願いながら読んでいた。

児童書を担当していた田中智美の言葉が印象に残る。

『これは子どもたちに』っていう本の中からお母さんたちに選らんでもらえるようにするには手間がかかるんですけど、海文堂書店では、そういう時間もなんとかもらえてました。もう、今どこも人件費削減で、そういうことを担当者がしたくてもできない状況じゃないですか。お客さんと話すってことを大切にしていたのは、やっぱり海文堂のもともとの体質だったと思います。

第6章「閉店まで」は急な展開に驚く。経営者からは告知すらなく、紙での配布だった。
閉店決断の説明、今後の処遇などの説明はなく、後続のテナントだけが書かれていた。
「これだけですか?たったこれだけですか!?」の声が出たという。

本の中ではその経営者の名前は全くでてこない。

一読後、巻頭に収録されているお店の写真を見直す。
最後に閉店間際の写真があり、シャッターを下ろす前に大勢のファンが店の入り口を囲むように見送っている。

これだけお客さんとコミュニケーションを大切にした本屋はもう日本にはないかもしれない。

(本文中敬称略)

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